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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1932号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  申立

(原告)

一  別紙物件目録(1)、(2)記載の土地の賃料は、昭和六二年一〇月一日以降

(1)の土地については、一か月金三九万二四〇〇円

(2)の土地については、一か月金三万五九七〇円

であることをそれぞれ確認する。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。との判決

(被告)

主文同旨の判決。

第二  主張

(原告)

[請求原因]

一 別紙物件目録(1)、(2)記載の土地(以下「本件(1)、(2)土地」といい、一括しては本件各土地ともいう)は被告の所有のところ、原告会社は本件(1)土地については昭和四一年以降、本件(2)土地については昭和五二年以降、被告から引き続き賃借している。

すなわち、本件(1)、(2)土地とも、昭和二一年以来、原告会社の代表者が被告から賃借していたのを、本件(1)土地は昭和四一年の賃借人を原告会社に変更し、本件(2)土地については昭和三八年に他に借地権を譲渡したが、昭和五二年に原告会社が再び賃借りすることになり、現在に至っているもので、各土地の月額賃料の推移は次のとおりである。

(1)の土地につき

(イ) 四六・八 七万四五九二円

(ロ) 四七・八 一二万九七〇〇円(判決による)

(ハ) 四九・五 一五万〇八二四円

(ニ) 五一・八 一八万〇九八九円

(ホ) 五二・三 一八万五八九一円(借地面積実測により増加)

(ヘ) 五四・五 二一万四七〇二円

(ト) 五七・六 二九万五〇〇〇円(判決による)

(チ) 六一・一〇 三六万円(大阪高裁和解による)

(リ) 六二・一〇 四六万六四七七円(右同)

(2)の土地につき

(ヌ) 五二・三 二万一二九八円

(ル) 五七・六 二万八〇〇〇円(判決による)

(ヲ) 六一・一〇 三万三〇〇〇円(大阪高裁和解による)

(ワ) 六二・一〇 四万二七六〇円(右同)

二 右昭和六一年一〇月の賃料の増額は、被告が昭和六〇年六月分からの賃料の増額の確定を求めて訴えを提起(当庁昭和六〇年(ワ)第一〇三三号)し、この訴えは控訴審である大阪高等裁判所において昭和六一年一〇月一七日訴訟上の和解で決着したが、その際、繰り返し裁判で賃料の確定を争うことの不利益を避けるために恒常的基準による増加率を定め、将来の増額される賃料額を予め定めておくこととし、この訴訟上の和解(以下「本件和解」という)で次の条項を設けた。

1 昭和六一年一〇月一日以降の賃料を本件(1)土地につき金三六万円、本件(2)土地につき金三万三〇〇〇円とする。

2 本件(1)及び(2)土地の賃料は、同土地の北側道路部分に設定される毎年の路線価の増減率に応じて毎年一〇月一日に当然に増減するものとする。

三 本件(1)土地及び(2)土地の北側道路部分の路線価は、昭和六一年が一平方メートル当たり三五万五〇〇〇円であったのが、昭和六二年は同じく四六万円と設定され、二九・五七七パーセントの増加率となった。この路線価の増加率を右和解の将来の賃料増減を定めた条項(以下、本件自動改訂条項という)に基づき算出すると昭和六二年一〇月一日以降の賃料は、本件(1)土地が月額四六万六四七七円、本件(2)土地が四万二七六〇円となる。

四 本件自動改訂条項は、恒常的基準による賃料の増額率として前記路線価の毎年の増減率を採用したもので、原告としては、右路線価がここ数年来八ないし九パーセントと一〇パーセント以下で安定的に推移していたところから、その程度の増額でも従前の増額率に比して高目と感じたものの裁判の繰り返しを回避するためこれに応じたものである。

しかし、二九・五七七パーセントもの高率の増加率は、原・被告ともまったく予期していなかった高率で、恒常的(安定的)基準に依拠しようとした本件和解の趣旨に大きく反するものである(ちなみに、本件和解で解決した賃料の賃料増加率は、三年経過後において本件(1)土地が約二二・〇三パーセント、本件(2)土地が約一七・八五パーセントであった。)

そこで、原告は、昭和六二年九月二七日被告到達の書面で昭和六二年一〇月一日以降の賃料は、本件(1)土地につき月額三九万二四〇〇円、本件(2)土地につき三万五九七〇円に各減額する旨通知したが、被告は、本件自動改訂条項どおりの増額を求めるとの書面を回答してきてこの減額請求に応じようとしない。

原告が依頼した鑑定人の鑑定結果は、昭和六二年一〇月一日以降の賃料につき、本件(1)土地が月額三六万四三八〇円、本件(2)土地が三万三四七〇円をもって適正賃料であるというものであり、本訴での鑑定人の鑑定結果は、継続賃料は本件(1)土地が月額四〇万二七〇〇円、本件(2)土地が三万七一〇〇円をもって相当というものである。本訴での鑑定人の鑑定結果は、前回の増額から一年しか経過していないこと、地価の昂騰が異常であることを考慮していないこと、借地権割合を七〇パーセントと低く見ているなど原告に有利なものでないが、それでも賃料増加率は、本件(1)土地が一一・八六パーセント、本件(2)土地が一二・四二パーセントであり、この点からも原告の右減額請求が適正であることは明らかである。

なお、賃料減増額請求権の発生要件として、改訂される賃料決定の時と右請求権行使の時との間に相当期間の経過が必要と解されているが、そのような解釈はいわゆる定期的な賃料増額の場合に妥当であろうが、急激な事情の変動があって減増額請求する場合や本件のように毎年の自動改訂の特約があり、しかもその増額率の改訂期が四、五月前に公表され且つその増額率が従前に比べて極端に大きい場合は、増額の効力が生じると同時に減額請求が行使できると解するべきで、そうでないと賃借人は過大な増額賃料を相当期間支払わなければならないことになる。

五 右減額請求が理由がないとしても、本件自動改訂条項は、強行規定である借地法一二条一項に反し、そうでないとしても錯誤により無効で、そうすると原告の右減額請求に対する被告の回答によって増額請求がなされたとして別途適正継続賃料を算定して増額賃料を確定すべきことになる。

1 すなわち、借地法一二条一項の規定は強行法規で、賃料の増額請求につき、賃料が土地に対する租税その他の公課の負担増、または土地の価格の昂騰により、あるいは近隣地の賃料に比較して不相当になることを要件としている。しかるに本件和解条項は「増減」という文言を用いているものの、本件(1)、(2)の土地はJR三宮駅の近くで立地条件に恵まれ、路線価の減額など考えられないので、結局その実質的内容は「毎年の路線価の増額率に応じて毎年一〇月一日に当然増額するものとする。」という内容となり、且つ増減率の上限も下限も定められておらず、特に上限が定められていないのは賃借人である原告にとって不利益が大きく借地法の賃借人保護の趣旨に反する。よって本件自動改訂条項は強行法規である借地法一二条一項規定の要件を無視する特約で無効である。

2 仮に、賃料増額の自動改訂の特約そのものは無効でないとしても、その適用による賃料を賃借人に負担させるのが酷な結果にある場合は借地法一二条一項の規定の原則に戻って無効である。

本件和解条項は右に述べたとおり増額率の上限を定めていないので賃借人である原告に不利益が極めて大きく、そして昭和六二年について本件和解条項をそのまま適用すると右のとおり従前の原・被告間の賃料の増加率の推移と掛け離れ、著しく急激且つ甚大に適正な賃料額を上回る増額となる。

すなわち、本件各土地の固定資産評価額の昭和六〇年度から同六三年度までの三年間の上昇率は、約一二パーセントに過ぎないが、本件路線価の上昇率は昭和六一年から同六二年までの一年間で前記のとおり二九・五七七パーセント、昭和六二年から同六三年までの一年間で三九・一三パーセントという高率、異常なもので、この路線価の上昇率に基づき本件和解条項を適用すると、昭和六二年一〇月一日から前記の賃料額のとおりで、本件(1)土地が坪当たり二一九二円、本件(2)土地が同じく二七八七円となり、さらに昭和六三年一〇月一日からの地代は本件(1)土地が六四万九〇〇九円(坪当たり三〇四九円)、本件(2)土地が五万九四九一円(同じく三八七八円)と、わずか二年間に約八〇・二八パーセントの増額になる。さらに、原告会社において調査した本件各土地の近隣の地代は坪当たり一七〇〇円から二〇〇〇円程度である。

以上のような事情からすると、本件和解条項を適用した賃料を負担させるのが原告に酷な結果になることは明白で、本件自動改訂条項は原則に戻って無効である。

なお、地価の上昇は土地の賃料についての増額請求の有力な要因であるが、その上昇率に比例して増額請求が認められるものではなく、増額割合は地価の上昇の諸要因、物価、従前賃料を総合考慮して決定さるべきものであるから、路線価、公示価格の変動が被告の主張するとおりであったとしても、本件自動改訂条項の有効性を根拠づけるものではない。

3 右主張が認められないとしても、原・被告は前記のとおり路線価の増加率が一〇パーセント以下で安定的に推移していたことを前提に、本件自動改訂条項を含む本件和解をしたのであるから、右のような路線価の異常な昂騰があり、その結果賃料が高率の増額となることを原告において知っているか、予想していればこの和解に応じなかったことは明白であるから、本件和解は要素に錯誤があって無効である。

六 仮に右主張は理由がないとしても、右のような急激に且つ極めて大きい路線価の上昇は原告・被告とも予見、予想しなかったことで、事情の変更があったというべきであるから、これにより本件和解条項は改訂され、適正継続賃料として算定されるべきである。

七 よって、原告は、被告に対して請求の趣旨のとおりの判決を求める。

(被告)

[請求原因に対する答弁]

一ないし三項は認める。

四項中、原告からの減額請求の通知があり、被告がこれに応じないとの回答をしたことは認めるが、その余は争う。

五、六項は争う。

原告は、賃料の減額請求をしているが、借地法一二条一項所定の減額事由の主張立証がない。適正賃料より高額の賃料を合意することはできるのであるから、原告の主張は失当である。

[反論]

一 借地法一二条一項は強行法規ではないし、賃料の増額事由として地価の上昇を挙げており、地価の上昇は地代増額の決定的重要な要因で、そして路線価は土地の時価の推移に対応する(別紙1、2参照。なお、別表2は近隣の同一需給圏内の類似地の公示価格である。)ものであるから、本件自動改訂条項は合理性があり、無効ではない。

そもそも、本件各土地の公示価格の上昇率と比べると路線価の上昇率は同程度か半分以下で、昭和五九年から昭和六一年までは路線価の上昇率は公示価格を上回っていたのであり、近年の路線価の上昇は地価とかけ離れて上昇したものではない。

昭和六一年から同六三年に地価の大幅な昂騰(別表2参照)があったから当然賃料の増額は認められるところで、本件自動改訂条項により算出された賃料は、本訴での鑑定結果と大きな差はないので、本件自動改訂条項には不合理は生じておらず、この条項が無効であるとの原告の主張は失当である。

二 また路線価のこれまでの増額率は別紙1のとおりで、過去において一〇パーセントを超えていたのであり、四〇パーセントを超えたこともあるから、これまでの増額率が八ないし九パーセントでこれを前提に本件和解が成立したとの原告の主張は事実に反しており、原告の錯誤あるいは事情変更により本件自動改訂条項は無効であるとの主張も失当である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  原告が被告から本件(1)、(2)の土地を賃借していること、その各賃料の増額経過並びに大阪高等裁判所において賃料につき本件自動改訂条項を含む本件和解が成立したこと、この自動改訂条項で賃料額増減の基準とされた本件各土地の北側道路部分の路線価は、昭和六一年からの一年間に二九・五七七パーセント上昇し、本件自動改訂条項に基づきこの増加率を乗じて昭和六二年一〇月一日以降の本件各土地の賃料を算出すると原告の主張額となること並びに原告が被告に賃料減額の通知をしたことは当事者間に争いがない。

二  土地の賃料が一年で三〇パーセント弱も増額するのは大幅な増額ではあるが、右のとおりこの増額は訴訟上の和解による特約に基づくのであるから、原告の賃料減額請求の主張はこの特約の排斥を前提としていることになる。このような特約の排斥が借地法一二条一項により当然に認められるものではないことはその規定から明らかである。

原告は、この自動改訂条項の適用が排斥されるべき根拠として、まず右借地法一二条一項は賃料増減額の請求の要件を定めているところ、この規定は強行規定であり、本件自動改訂条項のごとく一定の要件がある場合に当然に賃料を値上げするとの特約は、借地人の保護という借地法の趣旨に反して無効だと主張する。しかし、同法一一条は一二条一項の規定に反する特約を無効としていないから、本件のような自動改訂の特約がそれだけでただちに借地人に不利な特約で無効となるものではなく、その内容が借地法一二条一項の趣旨に反し、経済的事情の変更がなくとも賃料の増額をするとか、その増額が経済的事情の変更の程度と著しく掛け離れた不合理なものであるとき無効になると解するのを相当とする。

三  しかるところ、本件自動改訂条項は、その規定自体も、その適用による昭和六二年一〇月一日からの増額の程度も妥当性を欠く面があり、その効力に疑問がないわけではない。

すなわち、路線価の変動は別紙1のとおりで、ここ七、八年にわたって上昇を続けていることは当事者間に争いがない。そうすると、本件自動改訂条項は(路線価は、根本的には賃料の増減の重要な要因である土地の価格の昂低を反映するものとはいえ)貸借人の租税その他の公課の負担増、あるいは近隣地の賃料とは無関係に、毎年の増額を合意したことになり、しかもその増額の計算方式からすると賃料はいわゆる幾何級数的に増額することになる。また路線価が土地の価格の昂低と比例しているとの保証はなく、長期的には比例しているとしても、地価の上昇は種々の要因があるのでその上昇を直ちに賃料の増額の事由として考慮するについては疑問がある。

このように、本件自動改訂条項はその規定そのものに問題があるのみならず、前記別表1のとおり、本件和解が成立した過去四年間においてほぼ一〇パーセント弱の上昇率で、過去一〇年間をとっても最大上昇率一五パーセント強の上昇率であったのであるから、本件自動改訂条項はこのような上昇率を前提に成立したと推認される。被告は過去において四〇パーセントの上昇があったと主張するが、それは二〇年も前のことで、本件和解成立の際、その様な事情が考慮されたとは認め難い。

そうすると原告の主張するように、今回の増額率は原告、被告が予想していた割合を大幅に上回ると判断せざるを得ない。そして弁論の全趣旨からすると、この増額率を適用した増額賃料額は近隣の賃料よりも上回っていると認められる。

四  このように本件自動改訂条項は、増減額の方法、さらにこれを適用した賃料額についても疑問が多いのであるが、そもそもこの特約は、賃料増額請求の訴訟における訴訟上の和解、それも控訴審で成立したのであり、その成立に当たっては被告の譲歩もあったであろうし、当事者双方は従前の賃料額の推移、賃貸の目的物たる土地の状況の変化、将来に対する思惑等諸般の事情を慎重に検討して合意したと認められる。さらに前記のとおり路線価は土地価格の昂低とまったく無関係でなく、本件和解が成立したのは昭和六一年一〇月一七日で、原告の主張からすると翌昭和六二年五月頃にはその路線価も判明するというのであるから、この時点で路線価の上昇がまったく予期できなかったとは思われない。

このような事情に加え、三〇パーセント弱という上昇率は大きいとはいえ、本訴での鑑定人による継続賃料の鑑定結果とまったく懸隔した額ではないので、少なくとも昭和六二年一〇月一日からの増額賃料は、借地法の趣旨と反した不合理な額であるとは断じ難く、無効とまでは認められない。

五  原告は錯誤あるいは事情変更により本件自動改訂条項は無効と主張するも、右のような事情からするとこの条項を適用した昭和六二年一〇月一日からの賃料額に要素の錯誤あるいはこの条項の適用を排斥しないと不合理で公平を失するとの事情も認められない。

六  そうすると、少なくとも昭和六二年一〇月一日から本件各土地賃料については本件自動改訂条項が適用されることになるので、この排斥を前提とする原告の減額請求あるいはこの排斥について原告の主張は理由がない。よって、原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

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